畑に行くようになってから、
「きれい」の感じ方が少し変わってきたように思う。
土に触れて、自然を感じていると、
自然の力がつくり出す形こそが、
いちばん「自然で」美しいと感じるようになった。

この町に移住してきたとき感じた、
「道が整備されていて、きれい!」も
いざ住んでみると、
整った道よりも、
くねくねとした畑道や、自然が残っている景色のほうが、
ずっときれいだなと思うようになった。
そして、最初にきれいだと感じていたあの道も、
もともとは広がる田畑だったと知った。
今後もこの町では駅前開発の計画が進んでいて、
これからは畑道もさらに整備され、
都市化を目指しているのだそう。
町の人たちはどう思っているのかわからないけど
この景色が少しずつなくなっていくのだとしたら
やっぱり少しさみしい。
人の姿にも、同じことを感じる。
整っていることや、わかりやすい「綺麗さ」ではなくて、
その人が過ごしてきた時間や、暮らしがにじむような姿に、
私は惹かれる。
たとえば、手。
白くてすべすべの手ももちろんきれいだけど、
農作業をしてきた手や、長く家事をしてきた手のほうに、
私はもっと美しさを感じる。

自分のことを思い返しても、
若い頃は、少しでも目を大きく見せたいとか、
鼻筋がもう少し通っていたらな、とか、
見た目の綺麗さを求めていたなと思う。
でも、長い目で見たときに、
それってそんなに大事なことじゃなかったな、と今は思う。
もちろん、そういう時期を通ってきたからこそ
今の自分があるとも思うけれど、
まだ視野が狭くなりがちな若いうちに、
SNSで整形がすごく身近になっている今の社会には、
少しだけ「ちょっと待って!」と言いたくなるときがある。
ありのままの自分を、
そのまま受け入れられる人が、
もっと増えたらいいなと思う。



不揃いの野菜ってかわいい!
整っていることだけが、
美しさじゃない。
「ありのまま」
これからの自分のテーマになりそう。

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